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花の番外編 |
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愛犬Be物語 |
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| 出会い その犬との出会いは、母が先でした。 2002年9月10日、母は我が家の前をウロウロ行ったり来たりしている一匹の犬と出会いました。その犬はキタキツネみたいにやせており、母は思わず、しけったせんべいをあげました。そして、その犬はその時はどこかへ行ってしまいました。 まあ、それで終わるはずだったのですが・・・ 翌朝、母が玄関を開けると玄関先にその犬が寝ていたのです。そしてそのまま仕事へ出かけ帰ってくると、家の裏手の犬走のところにずっと寝ています。食パンをあげると、パン一枚ペロリとたいらげてしまいました。 それからいつも、我が家の玄関先に寝ています。 そうやっていつの間にかBeは我が家の一員になってしまったのです。 元々、飼い犬だったらしく、「おすわり」も「おて」もできます。多分飼っていた犬を捨てたのだと思います。 近所の人によると、道沿いに立って時々、車を見ているという話でした。 「おまえの名前は何だい?」と聞いてみても、答えられるはずもなく母がBe(ビー)と名づけました。もっとカッコいい名前にしてよって言ったけど。 ちなみにビーはオスです。推定年齢1歳ぐらい?だと思います。雑種で柴犬より少し大きいくらい。 その後1 ビーはものすごく、人なつっこいです。 近所のおじさんとも大の仲良し。おじさんが散歩する時は、いつも一緒に走ってついていきます。 おじさんが遠くに歩いて散歩しているのが見えても、一目散で駆け寄ります。 お客さんが家の玄関を開けると一緒にすまして入って来て、お客さんが玄関でしゃべっている間中だまってすわって聞いています。で、話が終わってお客さんが帰る時、一緒に玄関から出て行きます。 ビーの日課は、両親がハウスに朝から出かけるので(我が家はメロン農家です)いつもついていきます。軽トラに乗っていく時もあるし(ビーは大の車好きです。ドアを開けた瞬間、勝手に人の足もとから乗っていきます)、母の自転車と一緒に走っていくこともあります。別に強制しているわけではなくて、自分で進んでついて行きます。そして、寒い時はハウスの中で寝ているし、暑いと思ったら、ハウスの外で日がな一日、寝て過ごします。 お昼になると「ヴゴォ」と吠えて、まるで「お昼だよ」と言っているみたいです。で、一旦お昼を食べに一緒に家に帰ってきて、午後からも同じように両親とハウスに出勤します。 ハウスではモグラの穴を捜しては頭を突っ込んで掘るので、鼻の頭は土で真っ黒。 鳥を追いかけたり、好きに暮らしています。 我が家に来た最初の頃は、捨てられるのが恐いのか、母が出かける時はピッタリとついてまわってました。 ゴミを捨てに行く時も一緒、隣の地区へ用事があって自転車で出掛ける時も一緒にくっついて行きます。 今は、すっかりとキタキツネみたいにやせていたのが、歩いている後ろ姿のお尻はプリップリッしています。 そして、野良犬生活から飼い犬へとなるために、少しずつ繋がれた生活の訓練をしています。 その後2 2003年11月7日、ビーは天国へ行ってしまいました。 10月下旬くらいから食欲が無いのに気づきました。全然食べないというのではなく、パンとかチクワとかは食べていました。チクワなんか3本も食べたり。「胃腸が悪いのかな」なんて私達は思っていました。 病院に入院する前の日なんて散歩した時、力強く歩いて走り元に戻っていると嬉しく思ったりしました。 でも… 思い出すとまだ辛いですが、ビーが死んだ時のことを書いてみたいと思います。 11月4日に散歩していて歩けなくなってしまったので、動物病院に連れて行きました。 血の検査をしたら「バベシア症」だろうということでした。 「バベシア症」とはダニを介して原虫が血液に入って貧血を起こし、ひどい場合は死に至る犬の病気。インターネットなどで色々と調べましたが、治療法は確立されていないらしいです。 普通の犬の血液には赤血球が500万〜600万くらいあるそうですが、ビーの場合は160万でした。 診察に行った時気が動転していたので、血液どの位の量に対してなのかは覚えていません。 ただ、「300万くらいあったらいいんですけどね」という獣医さんの言葉だけが頭の中に残っています。 その日、即入院となりました。 最初に輸血をしてある程度赤血球が回復してから薬を投与します、ということでした。 結構その薬は強く、体力も奪うみたいです。 野良犬だったので年齢が分からないので口を開けて獣医さんが歯石の具合を調べました。 その時歯茎は真っ白でした。 「歯石の具合から2歳位でしょう」と言われました。 輸血用の針を刺された時に怖そうに「キャン」と鳴きましたがあとは大人しくしていました。 元々好奇心旺盛な犬なので、診察台にいる時も診察台の少し先にあるドアが開いていました。そのドアの向こうに何があるか首を長くして覗いているのです。 それからビーは覗いていた部屋ではないですが別の部屋へと連れて行かれました。 生きているビーを見たのはそれが最後でした。 翌日には電話で様子を聞きましたが「昨日よりはいいような気がする」ということでした。 入院してから3日後の朝、病院から電話が掛かってきました。緊急という感じではなくて、あまり具合もよくないから見にきてくれ。ということでした。 どうせ駄目で死ぬのだったら家に連れて帰ろうと母が話しました。 最後までチクワは好きで食べていたので、チクワを買って行こうと思いスーパーが開いている時間ではないのでコンビニに寄ってチクワを買って行きました。 病院に着いたら、「最後の発作が起きて、たった今死にました」という言葉。 狭いゲージの中にビーは横たわっていました。体を触るとまだ生きているみたいに暖かく私は頭を何度もなでて、母はお腹をさすりました。 入院してから一度も見に来なくてゴメンネと心の中で謝りました。 家の仕事が忙しく見に行くことが出来なかったのです。そしてビーの死んだ日は時間に余裕があるから行こうと思っていた矢先でした。 横たわるのがやっとのあんな狭いゲージの中で死なせてしまって…。 チクワを買わずに行ったら、生きているビーに会えたかも。 もっと早く病院に連れて行っていれば助かっていたかも。 色々考えてしまいました。 捨てられていた犬を拾って癒していたつもりが本当は私たち家族が癒されていたのです。 めったにほめない父も「あがんよか犬はおらん(あんなにいい犬はいない)」と言っていました。 1年ちょっとしか一緒に居られなかったけど、ありがとうBe。 その後3 Beが死んだ後に分かったことがあります。 それは、まだうちに出入りしていて、野良犬半分飼い犬半分くらいの状態だった時、親しかった人はいつも散歩する近所のおじさんだけでなく、その向かいの家でも可愛がられていたということです。 その家は自営業でいつも家に人がいるので、もう1匹の野良犬と一緒に3時のおやつをもらいに行っていたらしいことです。 いつも散歩に一緒に行っていたおじさんから聞きました。Beは顔が私より広かったのかも知れません。何だか放っておけないタイプの犬だったんだよね。人間が好きというか甘え方がうまいというか・・・。 Beと初めて知り合ってから3日くらいして、父の病気の手術があり朝早くから夜の10時過ぎくらいまで病院にいました。 家に帰ってくると、家の裏から物凄く鳴きながら駆けて来たのを思い出します。どこにも行かず家に1匹でいたのかと思うと愛おしく思えました。 ふとそんなことを死んでから数年経っても思いだしてしまいます・・・。 |
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